京都大学11月祭

麻耶雄嵩さん(1)

京都大学工学部卒業
在学中は推理小説研究会(ミス研)に所属
1991年『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』でデビュー。
2011年『隻眼の少女』で第64回日本推理作家協会賞と第11回本格ミステリ大賞を受賞
2015年『さよなら神様』で第15回本格ミステリ大賞受賞


―京都大学に入ろうと思った理由はありますか?

 僕は国語があまり好きじゃなかったんですよ。理学部や東大は工学部でも国語が試験科目に課されていたけど、京大の工学部には国語がなかったし、じゃあ京大にしようかなあと思って。

―工学部の何学科だったのですか?

 電気工学第二学科。名前が変わったと風の噂で。

―麻耶さんはきちんと授業に出席していらっしゃいましたか?

 結局6年間いたけど、徐々に出席はしなくなりましたね。まあ、僕はミス研にいたから留年しちゃっただけであって、周りの人は真面目に4年で卒業していたけど。実験は必修科目なので出席してたけど、それ以外は試験の前だけかな。

―学生時代はどのように過ごされていたのですか?

 必修の授業や教養の英語とか、出席をとる授業には出て、それ以外はずっとミス研のBOXにいたかな。教養科目をやっていたときはそんな感じで、専門科目になると宇治キャンパスの研究室に顔を出していました。そこだと風呂とベッドがあったので、一回行くと研究室に一泊して吉田に帰ってくるとか、そういう生活でした。

―熊野寮に住んでいらっしゃったそうですが、寮での思い出はありますか?

 いい加減な人間がいっぱいでしたね。それこそ4年で卒業した人は少なくて、みんな5年か6年くらい。

―京都大学在学中の思い出深い場所はありますか?

 入り浸ってたミス研のBOXとか。例会の後にみんなで夕食に行った百万遍の円居や、あやとりっていうトンカツ屋、その後に行っていたマリコウジっていう喫茶店も。もう全部なくなってるから今の京大生は知らないかな。

―ミス研のBOXにいるときはやはり本を読んだり書いたりしていたのですか?

 大体誰かしらいるから、適当にしゃべったり雑談したりのほうが多かったですね。たまり場みたいになっていたかな。

―大学生の頃は、麻耶さんはNFで物販をなさっていたのですか?

 そうですね、当時のE号館で同人誌を販売していました。ミス研の対外的な活動はそれくらいで、書いた同人誌を11月祭で売るっていうのが一年間の目標でした。売ると言っても、とりあえず置いておくだけで、呼び込みや宣伝は全くしていませんでしたが。僕が入学する前には一時期喫茶店とかやっていたらしいんですけど、入る頃にはやらなくなっていた。お客さんが来るのをぼんやり待っていましたね。

―休憩時間に11月祭をまわることはなかったのですか?

 まわっておけばよかったなと今になったら思いますね。吉田グラウンドでコンサートやイベントがあるときはたまに見に行ったり、屋台に行って食べ物買ったりはしたけど。とにかく外は人が多かったから、静かなミス研の物販の教室で、誰かが持ってきたコーヒーメーカーでコーヒーを作って飲んでました。

―ミス研に入ろうと思った理由は何ですか?

 ミステリー好きで、特に本格ミステリーが好きなんですけど、高校時代は周りにはミステリーを読んでる人がいなくて、とにかくミステリーの話がしたいな、と。入学前はそもそも京大にミス研があるかどうかというのも知らなかったけど、新歓で存在を知って、覗いてみようかなと思って行ったのがきっかけですね。実際に行ってみると、男ばっかりで雰囲気が怪しかった。どうしようか迷っていたら先輩に見つけられて手招きされたからBOXに入った。入ったらミステリーの話もできて楽しくて、そのまま居着いた感じです。

―学生時代にもミス研出身の作家さんたちと交流はあったのですか?

 僕がミス研に入ったころ綾辻さんはデビューして2年目で、京都に住んでいらっしゃったのでミス研にもよく顔を出されていて。法月さんは当時銀行員だったんですよ。僕が1年のときの夏にデビューされたけど、最初はミス研によく顔を出されている変な銀行員って感じでした。我孫子さんは、当時は学生だったのでいわゆる長老的な感じでした。綾辻さん以外はまだ作家ではなかったのであまり構えることはなかったですね。

―今でも交流はあるのですか?

 法月さん、綾辻さん、我孫子さん、小野さんあたりとはよく会いますね。たいていは世間話ですが。

―卒業後もBOXに行ったり現役の部員と交流したりすることがあるのですか?

 11月祭中、ミス研は教室で物販をしているから覗きに行きますね。現役の子らもですが、そういうときしか会えないOBもいるから。11月祭はそういう人たちとの待ち合わせにもなっています。11月祭以外だと新歓コンパや飲み会くらいかな。現役生とは、数年くらい前までは結構交流があったんやけど、だんだんとなくなってきて。現役と卒業生を繋ぐパイプ役の子がいなくなっていくんですよ。後輩にまめに顔を出す子がいて、彼からいろいろと話は聞いたりしているけど。

―ミス研出身の作家さんたちの中で先輩・後輩という意識やライバル意識はありますか?

 もちろん先輩・後輩の意識はあります。先輩からいろいろと教えてもらったりすることも。でも、ライバル意識は特にないですね。長くいると、作風がそれぞれ違っているのがわかってくるんですよ。自分はこういうものが書きたいというのがそれぞれあって、それがちょっとずつみんな違ってるから、自分の得意だったり好きだったりするところをお互いに高め合う感じです。作家って、誰かが売れなくなったからといって自分が売れるようになるというわけじゃないですからね。スポーツやレースだと枠が限られてるので、誰かが弱くなったら相対的に自分の順位が上がってくるんですけど。作家は、結局自分が売れたり評価されたりするには、自分を頑張って磨かないと仕方がない。だから、スポーツ的なライバル意識はないです。ともに頑張りたいなって。

―ミス研での活動が現在に影響していると思うことはありますか?

 まあこういう仕事なのでダイレクトに影響はしてますね。高校まではミステリーについての話し相手がいなかったけど、ミス研では「本格とはこういうものだ」っていう堅い話から「✕✕っていう面白い小説があるよ」っていう話もできた。自分の書いたものを読んでもらって、犯人を当てる「犯人当て例会」というのもあった。自作を読んでもらえる楽しさを教えてもらうと同時に、もちろん駄目出しもされるので鍛えられました。あの経験がなかったら作家にはなろうとも思ってはなかったでしょうね。

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